昔からの「迷信」にはそれなりの理由があることもある:応用心理学

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こんにちは!栁澤です。

今回は「迷信」を扱いますがスピリチュアルな話題ではありません…普通の人間心理の話です。

世界中に「迷信」ってありますよね。「迷信」…「迷推理」とか「迷言」とか、頭に「迷」がついてるとおバカ感が漂います。本来の「迷信」も多少はおバカ感があるのでしょうけどもね!科学的根拠がなくて、道理に合わないことを信じるという意味なのですが…、

現代だと、一周まわってこの「迷信」が力を持つ場合があるのです!一周まわってって何だよって思いますよね。でもまさに「一周まわって」いるとしか言いようがない感じです。

「迷信」は、道理に合っていないし無視しても直接的に害がないものです。(直接的に害があったらもうそれは迷信ではないので…)

例えばですが、受験生に対して「落ちる」などと言っても、別にその子さえちゃんと勉強していれば不合格になるわけではないということはみんな分かっています。「落ちる」の他に、「滑る」とかもね。私も高校受験の年もスキーで滑りまくってましたが合格しました。

その他には「仏滅に結婚式を挙げるのは縁起が悪い」とか。「ご祝儀が割り切れる数だと縁起が悪い」とかね。このような行為が直接的に夫婦の仲を引き裂くわけではありませんよね。7万円のご祝儀より9万円のご祝儀のほうが良いに決まっていますが「9は苦しむの9だからだめよね」とかいって。

しかし迷信を気にせず、中3の大事な時期にスキー・スノボしまくっていた生徒さんがいたとします…これで落ちたらどうなるか?確実に「滑りまくってたもんなー」とか陰でプゲラされるかもしれません!また、仏滅に反対する信心深い仏教徒の親を説得して仏滅に挙式披露宴などを行ったカップル。本当に方向性が合わずに離婚したくなっても、いざ離婚するとなったら「ほら!仏滅なんかに挙式するから…うだうだうだうだ」と言われるんじゃないか…と心配して、離婚の決心が鈍ってしまうかもしれません。そんな場合は離婚したほうが多分幸せへの近道であっても。結果的に迷信が自分の首を絞めてくるのです。

もはや迷信自体には力はありませんが、迷信に負けたくない(?)という心が人間に芽生えた結果、本当に迷信のせいでひどい目に遭う可能性が出てきたという話なのです。

しかし迷信はやっぱり迷信。周囲のことなど気にせず、最善を尽くしてほしいとおもう栁澤でした!!

ではではでは!

昔からの「迷信」にはそれなりの理由があることもある:応用心理学_挿絵1

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