牛若丸は絶世の美少年だったのか?

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こんにちは!栁澤蘭丸です😃

ぽっぽブログでも何度か記事にしている「源義経」…幼名が牛若丸ですが、線が細い美少年っていうイメージがあります。大人になった義経にはもちろんイケメンであろうみたいな。そのため、ゲームや物語に登場する牛若丸・義経はほぼほぼ美形です。なんなら弁慶まで美形だったりしますが…最近は…。
牛若丸時代はともかく、義経は実在の人物なのだから容姿に関する記述があってもおかしくありません。その上で、美形扱いだったんだから、これは間違いなくイケメンなのでは?!?

というわけで調べてみると…ありました。源義経が主役の軍記物である「義経記(ぎけいき)」に「きはめて色白く、鉄漿黒に眉細くつくりて、衣打ちかづき給ひけるを見れば、松浦佐用姫領巾振る野辺に年を経し、寝乱れて見ゆる黛の、鴬の羽風に乱れぬべくぞ見え給ふ。玄宗皇帝の代なりせば楊貴妃とも謂ひつべし。漢の武帝の時ならば李夫人かとも疑ふべし」という記述があります。義経の容姿を褒めている部分ですが…平たく言えば「佐用姫や楊貴妃、李夫人に例えるほどの容姿」ということで、超絶美形です。美形は美形でも、女性に例えられるんですからこれはもう相当なはず。

さらに!「平家物語」にも、義経の容姿に関する記述があります。平家物語とは、アレです。かの有名な文句から始まるアレ。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。 奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。 猛き者も遂にはほろびぬ、ひとえに風の前の塵に同じ」…ここまで覚えさせられた人も多いのでは。平家物語にある義経の容姿に関する記述はというと「面長くして身短く、色白くして、歯出でたり」「平家の中の選り屑よりも、尚劣れり」…とあります。「面長で、身長が低く、色白で出っ歯」「平家の中でも特にブサイクな人よりも、さらにブサイク」と、かなり散々な言われ方をしてる…!義経記と平家物語、全然違うけど、一体どういうことなのでしょうか??

「義経記」と「平家物語」…一方では義経は美形であるといい、一方ではブサイクだという。どちらかが間違い、もしくはどっちも間違いってことになります。
この二つの物語を比べてみると、成立時期は「平家物語」のほうが早く、鎌倉時代。義経記は南北朝時代です。義経が生きていた時代のすぐあとに成立した「平家物語」のほうが、より本物の義経に近い可能性がありますね。
がしかし、名前のとおり平家物語は平家が滅びる様子に涙する物語なので、平家側が儚く美しく書かれているとも考えられます。かといって義経が貶められてるってわけでもないんですが…(平家物語のラストは平家滅亡ではなく源義経が追い詰められて自害するところまでなので。諸行無常にとことんこだわった物語)。
じゃあ血縁者はどうだ!?腹違いの兄、頼朝はイケメンだったのか?というと、これはイケメンだったと思われます!頼朝との婚約を破断にされそうになった北条政子が、父の元を脱走して山を越えて会いに行ったというエピソードがあったり、「平治物語(平治の乱を題材にした物語・おそらく鎌倉時代に成立)」に、「背が高い。顔が大きいが美形である」という記述があるのです。顔が大きかったみたいだけど美形は美形。頼朝は征夷大将軍になる前から女性に気に入られがちであることも、裏付けになるかも?義経の母である常盤御前も、絶世の美女として知られています。

ってなわけで…義経は「美形でもおかしくない!でも、ブサイクであってもおかしくない」という、出ても出なくてもどうでもよいような結論になってしまいました💧義経が生きてる時代に描かれた肖像画がないので、どうにもこうにも。「英雄が都合よく美形であるなんてこと、そうそうないだろうなぁ」って思ってしまいますが、義経の場合は血縁者も美形なのでありえるかもしれないところに夢があるかも??

なんだかんだと義経好きの栁澤蘭丸でした!

牛若丸は絶世の美少年だったのか_挿絵1

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