千利休はなぜ秀吉と仲違いしちゃったの?

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こんにちは!栁澤蘭丸です。

千利休と言えば、戦国時代の茶人ですね。侘茶を完成させた人物として有名です。
千利休を重用していたのは、とりあえず織田信長です。織田信長は、千利休と組んで(?)、茶器に色んな価値を付けたって言われています。
まず、純粋に、褒美として貰ったら嬉しいという価値。ある武将は、褒美に領地をあげようとしたら、「領地はいらないので茶器を下さい!」と言ったそうです…今で言うとゴッホの絵画的な感じですかね?何十億もするなら、土地より嬉しいかも。
次に、お茶会を開けるようになる、という価値。当時はお茶会=外交の場でしたので、お茶会を開くための茶器を持っている=外交をしても良いという許可、という意味があったそうです。
ただの茶碗をそこまでみんなが欲しがるものにした、という点が、織田信長は凄かったって言われています。そして茶碗の価値にお墨付きを与えるのが千利休の役目でした。なんというか…身も蓋もない言い方をしてしまえば、ワビとかサビとか、みんなよく分からないわけです。でも利休が、「このみすぼらしさこそが素晴らしい!」とか言った途端に、良いものに見えてしまうっていうね、先鋭的なファッションなりアートのパイオニアみたいなもの?

そんなワビとかサビと対極にいる男がヒデヨシ。秀吉は、キンピカなものが大好きです。キラキラの茶室など作っちゃっています。兜についてる飾りもド派手。キラキラのデコり好き・金キラなものが大好きだったんです。で、そういうセンスを利休にdisられて、腹を立てて、利休に切腹を命じた…という説もあります。どうして利休が切腹させられたのか、という話になると、この説が結構有名な気がします。お市の方は秀吉を嫌ってたから柴田勝家と結婚した、というのと同じような部類の話ですけど💦

しかし、近年、実はそうじゃなかったかも?秀吉と利休は別に仲が悪くなかったかも?という説が浮上してきました。でも、利休が切腹させられたのは事実です。一体何があったというんでしょう。

利休の存在が面白くなかった人が1人います。石田三成さんです。
利休は茶人だけど、秀吉の側近でもありました。そして、外交関係に関して大きな力を持ってたそうです。三成の役割も同じように秀吉と諸大名の関係を取り持つことでした。利休と三成、そして秀吉の弟である豊臣秀長の3人が、豊臣政権の外交を支える大切な役割を担っていました。
三成と秀長、利休と秀長はそれぞれ仲が良く、秀吉の弟さんである秀長の手前、三成も「利休がウザい!」とか言えなかったんですが、秀長は天正19年に病死してしまいます…。
そして。同年、利休は切腹を命じられ、亡くなるわけなのですが。三成・利休の両方と仲が良かった秀長が亡くなってすぐに利休が切腹させられたので、三成が、秀吉が利休に腹を立てるように三成が仕組んだのでは…?というのが、三成の陰謀説…らしいです。

信長の野望。三成の陰謀。
どうでもいいんだけど、三成に外交なんてあんまり向いてなさそーって思っちゃう蘭丸でした。彼、空気読まないし。

ちなみに、利休が切腹させられた経緯は未だに謎です。利休がどんなことをやらかしたのかも謎だし、それを三成が仕組んだかどうかはもっと謎です。どんな新説が出ても、謎なものは謎ですね…本能寺の変だって謎のままだし。利休切腹の真相も、謎なんでしょうねきっと…。

蘭丸でした!ではではでは~。

千利休はなぜ秀吉と仲違いしちゃったの?_挿絵1
蘭の利休は超適当

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