与謝野晶子、有名じゃない方の歌

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こんにちは、栁澤蘭丸です。

歌人・与謝野晶子、日本人の大体の人が名前を知っているかと思います。国語か何かの授業で習ったような。
その時、私は、与謝野晶子について「反戦の歌を詠んだ女性」…と習った気がします。そして実際の歌も、教科書にありました。

ああ弟よ 君を泣く
君死にたもうことなかれ
末に生まれし君なれば
親のなさけはまさりしも
親は刃(やいば)をにぎらせて
人を殺せとおしえしや
人を殺して死ねよとて
二十四までをそだてしや

…ですね。
現代語に訳すと、

ああ、弟よ。お前のために泣きます。
死なないでください。
末っ子のお前だから、親の愛情はとても大きかった。
親は、お前に刃を握らせて人を殺せと教えたか?
人を殺して死ねと、24歳まで育てたか?

こんな感じですね。
与謝野晶子の弟が日露戦争で兵士として戦場に行くことになり、戦争反対の歌を詠んだんですよね。「お国のために死ぬのは名誉!」という価値観の時代、こんな歌を発表するのって勇気が要るよなぁーという感想を持った覚えがあります。でもまぁ、弟がいなくなるのは誰だって寂しいものだし…その気持ちはみんな同じだったからセーフなのかなあ?と思ったら、実はこの歌、ここでおしまいではありません。かなり長いのですが、その中に「弟が戦争に行ってしまった!弟かわいそう」だけでは済まない節があるんです。

君死にたもうことなかれ
すめらみことは 戦いに
おおみずからは出でまさね

かたみに人の血を流し
獣の道に死ねよとは、
死ぬるを人のほまれとは、
大みこころの深ければ
もとよりいかで思されむ

訳すとこうなります。

死なないでください。
天皇陛下は戦いに
ご本人は出撃しません。
お互いに血を流して
獣の道に死ねなんて、
それが人間の誇りだなんて、
お心の深い天皇陛下が
何故思うわけがあるのだろう。(無いよ!)

がっつりと、戦争反対している…。天皇陛下がそんなことやれって言うだけないでしょって。弟かわいそう、弟が死んだら悲しいというだけの歌じゃなかったんですね。弟が死んだら悲しいというだけで「反戦」なのか?と思ってましたが、こんだけはっきり言ってたら確かに反戦の歌かも。与謝野晶子は、すごい信念をもってこの歌を発表したんだろうなぁ…。

と思ったのも束の間(?)。日露戦争から約10年後、第一次世界大戦の時には

いまは戦ふ時である
戦嫌ひのわたしさへ
今日此頃は気が昂る

という歌を詠んで発表しています。「今は戦う時です。戦争が嫌いな私でも最近は昂ります」って意味でしょうか(;’∀’)
さらに時は流れて、30年後…第二次世界大戦が始まると、今度は弟ではなく、与謝野晶子の四男が戦いに赴くことになりました。これはさぞ悲しむであろう…と思いきや、息子に対して詠んだ歌は、

水軍の大尉となりてわが四郎
み軍に行く たけく戦へ

意味は、弟の時とはほぼ真逆で、「私の四男が海軍大尉となって従軍します。勇ましく戦ってこーい!」という感じ。
えっ…?!何で、弟の時は戦争反対だったのに、何があったの?って感じですがこれには諸説あるようです。

まず、与謝野晶子は情熱の人であり、彼女は歌や持論について一貫性を重視してなかった。その場のノリ的な情熱のほうが大事だった。みたいな説。
それから、日露戦争は嫌だったけど、それ以外なら別に良かった説。
そして最後に、「与謝野晶子ですらも、反戦の歌を歌えない世の中になった」説。

私としてはノリ説かなぁ…と思います。
というのは、与謝野晶子は、「反共産!反戦争!反ソ連!」主義の活動家として伝わっており、実際政治的な話もしたようなんですが、彼女、あくまで「感覚が一般人」なんですよね。
歌人なので、表現は過激だったりしますが、心情的には等身大の人間って感じなのです。
「君死にたもうことなかれ」にはこんな節もあります。

堺の街のあきびとの
旧家をほこるあるじにて
親の名を継ぐ君なれば、
君死にたまふことなかれ、
旅順の城はほろぶとも、
ほろびずとても、何事ぞ、
君は知らじな、あきびとの
家のおきてに無かりけり

与謝野晶子の実家は、堺の裕福な商家です。ここを現代語訳すると、

堺の商人の旧家の主として
親の跡継ぎのお前(弟)だから
死なないでください。
旅順(日露戦争の激戦区)が陥落しようと
知ったこっちゃねえ、
商人の家にそんな掟はねえ!

ってなります。ええ、反戦とか以前に、弟は家の大事な跡取りだから死ぬなって言ってるのです。裕福な商人の家の子が反共産になるのはまぁ自明の理。与謝野晶子は普通に「家の商売と可愛い弟」が大事な普通の人だったんです。政治的な信念が云々というよりは、その時の率直な感情を歌にしているという感じ。
息子については、大尉だし手柄を立てて来いよ~という気持ちだったのかもしれません。反戦についても、反ソ連主義についても、一貫性がないと言われている与謝野晶子ですが、彼女は政治家ではなく普通の人間ですから、考え方が変わることだってあるし。彼女の主張が国を動かすわけでもないし。その時の思ったままを歌にしてもいいよね!ってことじゃないかなと思います。
元々、官能的な歌集(みだれ髪)を発表したり、略奪婚をしたり、自由な発想で世間を驚かせてた与謝野晶子ですから。感情のままに歌を詠んだと思うのが自然な気がします。ザ・人間です。日本人っぽくはないけどね。なんか欧米っぽい。
本当のことは、与謝野晶子に聞かないと分かりませんけどね💦

超ちなみに、与謝野晶子の本名は「鳳(ほう)しょう」さん。宝塚歌劇団の芸名のよう…。

栁澤蘭丸でした!ではではでは~。

与謝野晶子、有名じゃない方の歌_挿絵1

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