クリミアの天使・ナイチンゲールの真の功績とは

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こんにちは、栁澤です。

ナイチンゲール、といったら「フローレンス・ナイチンゲール」が思い浮かびますよね。クリミア戦争(1853~1856)で敵味方の区別なく負傷者を助けたため、「クリミアの天使」、または「白衣の天使」などの異名をとった人物です。
普通ナイチンゲールについて知ってることと言ったら大体みんなこんなかんじ↑ですよね。私もそれくらいのことしか知らなかったのですが、ナイチンゲールには、私達が全然想像してなかった面がたくさんありました!!

というわけでナイチンゲールについて今日は語っていこうと思います!

ナイチンゲールは、イギリスの高貴な家柄に生まれたお嬢様でした。美人だったので社交界ではモテてモテて大変だったと言われています。
そんな美女ナイチンゲールは、自分は裕福な家に生まれて暮らしているものの、農民たちの悲惨な暮らしを見て心を痛めていました。自分は、誰かに奉仕する人生を送りたいと考えるようになっていったらしく、看護師になりたいと言い出すのですが、家族が反対します。当時は看護師は特別な医療に関する知識もない、ただの病人のお世話をする役割の人たちで、身分の高い人が就く職業ではなかったからなのですが、ナイチンゲールの決意は変わらず。
クリミア戦争で、負傷兵の状況が酷いという報を受けて、自分も看護師として従軍することを決意します。
そこでのナイチンゲールの働きぶりと言ったらまさに「看護の鬼」状態です。大量の負傷者が運び込まれたら24時間ぶっ通しであろうが働き続け、そして私財まで投じて、野戦病院を「徹底的に衛生を保つ」ということを実行します。(上司の反対があろうと勝手にやってた)
当時は衛生さを保つことと、負傷者の生存率には重要な関係はないと思われていましたが、ナイチンゲールは看護師として活動しつつ、この関係についてデータを集めまくりました。

…でクリミア戦争は2年半ほどで終わり、実はナイチンゲールが看護師として活動したのは、この2年半のみ。
しかしここからがナイチンゲールの本当の戦いだったのです!!ナイチンゲールの名前が今も誰でも知ってるレベルに知れ渡っているのは、クリミア戦争に従軍したからではなく、こっちのほうが重要な役割を果たしていると思われます。
イギリスに帰国したナイチンゲールは、「病院における衛生環境の大切さ」について、戦争中に集めたデータを示して、国を動かしました。この時のナイチンゲールの行動によってイギリスでの「統計学」の基礎が作られたらしい…。なのでナイチンゲールには「統計学者」という肩書もついています。
また、看護師は専門的な医療の知識を備えるべき、と看護師の教育にも力を入れ、看護学校を設立しています。

とまぁナイチンゲールとは「白衣の天使」という異名のため「慈愛の精神・母性溢れる可憐なナース」みたいなイメージがあるのですが、まぁ確かに見た目は可憐だったかもしれないけど、中身はどんな相手であろうと正しいと思ったことを主張し、そして実行する、鋼鉄の精神の持ち主だったんですねー…。

ナイチンゲールの鋼鉄っぷりがよく表れているエピソードがあります。
ナイチンゲールが看護師として従軍していた頃のこと。備品や薬剤が足りなくなり、備蓄してあるものを使わせて欲しいと上司(軍医長官)に詰め寄ったことがありました。しかし、上司は「ここにあるものは本国の許可が下りてからでないと出すことはできない」と断ります。するとナイチンゲールは、在庫のはいっている箱を叩き割り「出せるじゃないですか」と言い放ったとか…!
ひぇぇ。そういう意味じゃない!by軍医長官

備品切れに怒って上司に詰め寄り箱を叩き割るナイチンゲール。なかなかできることじゃないですよね…。
ナイチンゲールがここまでの功績を上げることが出来たのは、こういう鋼鉄メンタルと、そして高貴な家柄出身ゆえの強力なコネクション(←女王陛下とか)&両親による高度な教育の賜物だったんでしょう。ただ優しいだけの天使じゃないのが、ナイチンゲールだったのですね。

ちなみにナイチンゲールは「自己犠牲に頼った奉仕は長続きしない」という信念を持っていました。とにかく、病院の適正な運営が恒久的に続く状態を求めていた合理的な人なのです。確かに自分の何かをすり減らして奉仕活動をしても、負担になって続かないですよねぇ。Service(奉仕)には対価が支払われてこそ、健全な状態とナイチンゲールは思っていたのですな。日本人も見習ったほうがいい。サービスには、対価がないと、長続きしない。根性論なんてもってのほかでございます。

我が母校のスクールモットーは「Mastery for Service」だったのですが肝に銘じようっと!

蘭丸でした!

クリミアの天使・ナイチンゲールの真の功績とは_挿絵1

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