自ら命を絶つ行為は責められるべき許されない行為なのか

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皆さんこんにちは。
2週に渡ってシリアスな話題が続く伊達あずさです。

テレビを見ていると「子どもが自殺した」というニュースを最近、良く見かける気がします。
悲しい出来事ですね・・・

でも、そんなニュースを見ていると出演者の誰かしらが必ずこう言います。

「自ら命を絶つのは許されることじゃない」
「絶対に自ら命を絶ってはいけない」

と・・・
なんかそれを聞く度に不愉快な気持ちになってしまう私です。

もちろん私も、自殺を推奨するつもりはないのですが、自殺した人にもそれなりの覚悟があってのことだと思うのですよね。
だって、自殺している人と自殺していない人の人数を比べたら、圧倒的すぎるほどに自殺してない人の方が多いわけです。
そんな中、自殺するってことは相当な覚悟ってことですよね。
言葉通り、命がけで自分の価値を示したわけです。
そんな人を貶める発言のように思えてならないのです。

とは言え、死んでしまった人に対して何を言っても想いは届きません。
きっとその出演者の人達は生きてテレビを観ている人に向かっていった言葉なのでしょう。

でも・・・それでもやっぱり納得がいかないのです。
だって、理由もなく自殺という行為だけを否定するのって物凄く無責任なことじゃないですか?
良く自殺は逃げだと罵倒されますが、自殺というのは究極の自己責任です。
最後の最後まで自分の問題を自分の力で何とかしようとした人だってことです。

そんな人に対して「自殺するぐらいだったら、もっとこうするべきだった」などと言われると・・・
それを観ている自殺希望者達は「まだお前たちはまだまだ努力が足りない」と責められているような気持ちになるのではないでしょうか。

そもそも、自殺されて困るのは生きている人間です。
だから、生きている人間が自殺を阻止しようとするところまでは理解できます。
ですが、「自殺は悪!自殺は卑怯!」と、その理由も明らかにしないまま、ただただ自殺を否定することのみでそれを阻止しようとするならば、自殺に至る原因の改善を放棄しているということに他なりません。

まして、それが子どもであれば尚更です。
子ども達は、大人達が作り上げた社会の中で生きざるをえないからです。
そんな子ども達が自殺という選択をしたのはそんな社会を作った大人の責任です。
本当に自殺を止めさせたいのであれば、自殺した人を貶めるのではなく、子どもが自殺が最善と思ってしまうような社会を作ってしまったことを詫び、二度とそのようなことが起こらないよう改善を約束し、少しでも自殺を考えている他の子ども達に希望を持たせてあげなくてはならないのではないでしょうか。
私も大人として、子どもが自殺を選ぶような社会発展に貢献してしまっていたことを反省しています。

「このブログの記事、面白いから続きがみたいな~」とか「このアプリ面白いから、明日もやりたいな~」とかそういった細やかな希望でも、案外人は生きていけると思うのです。
だから、そういう記事やアプリを作ることで、生き続けるという選択をしてくれる人を増やしたいな・・・と、考えた私でした。

自ら命を絶つ行為は責められるべき許されない行為なのか_挿絵1
※シェラザード アラビアンドリームのプレイ日記はこちらから

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