【生類憐みの令】徳川綱吉は本当にバカ殿だったの?【犬派】

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こんにちは、栁澤蘭丸です。

みなさんは、「徳川綱吉」と聞くとどんなイメージを持つでしょうか?やっぱり「生類憐みの令」とかいう民を苦しめたアホみたいな御触れを出したダメな将軍という感じ?

今回は、実は「生類憐みの令」がアホみたいな側面しかなかったわけではなかったと申し上げたいと思います!

綱吉は第5代の将軍です。この頃はまだ、世の中は「戦国」の雰囲気を引きずっていました。人命が軽視され、武士はもうほんのちょっとした気にくわないことでも、町人を切り捨て御免しちゃうような時代でした。

そこに発令された「生類憐みの令」。生類には人間は含まれてないようなイメージがありますが、ちゃんと含まれています。行き倒れた人を助ける、捨て子を禁止する等、日本初の社会保障的な部分もありました。そして、大切なのは「むやみに生き物(人間含む)を殺してはならない」という価値観を生んだのがこの法令ということなのです。現在の日本人の道徳観の元と言えるでしょう。

綱吉は、戦国時代の、生きるか殺すか!みたいな風潮を改めさせ、「文治政治」という文化的な政治をしました。その結果として、日本史では名前暗記マストの「近松門左衛門」「井原西鶴」「松尾芭蕉」などの文化人が生まれました。ちなみに近松門左衛門は越前の人です(๑´ڡ`๑)これは、綱吉の為政が上手くいっていた証拠と言えるのではないでしょうか…?!景気がよくなければ、文化どころではないですもんね。食うや食わずの世の中で娯楽は発展しません。

さらに、綱吉がダメな将軍だったと言われてしまう理由には、初期ではなく後期のエクストリ―ム生類憐みの令の内容がヒドかったのもあるとはいえ、綱吉の治世に置いて富士山が噴火したり浅間山が噴火したり地震が起こったり火事で江戸が焼けたり奥州で飢饉が起こったりしたのも原因のひとつ。「将軍の徳が低いと天災が起こる」という風潮が当時あったそうです。これまた日本史の名前暗記マスト「新井白石(学者・政治家)」も、こきおろしています。綱吉が儒学を推奨したから名を馳せたのに新井さんってば…。しかし、為政者の徳が低いからって、それが原因で天災が起こりましょうか。起こりませんよね。あっ…みんし…ゲフンゲフン!!いや絶対そんなのは無関係です。

さらにさらに、「忠臣蔵」や「ドラマ水戸黄門」では完全な悪の将軍として描かれています。トホホ…。現代人が持つ綱吉の印象は、こっちの影響が大らしいですよ。なんてことしてくれるんだ!

そんなこんなで、「バカ殿」「ダメ将軍」認定を受けてしまった綱吉公。本当は、そうでもなかったのです。8代の暴れん坊将軍が発布した「武家諸法度」は、綱吉公の発布した「天和令」をそのまま使っていますし、その治世は「天和の治」として称えられては、います。(ただし治世前半に限る)

何故なんでしょう。晩節を汚すっていうんでしょうか、こういうの。豊臣秀吉も老害化してましたけども。犬派としては、King of 犬派の綱吉公にはそのまま名君であって欲しかったのに…。

でも前半は良かったんです。というわけで後半と合わせてプラマイゼロなので、マイナスのダメ将軍ってわけじゃなかったんだね!と思ってもらえると嬉しいです。

栁澤でした!

【生類憐みの令】徳川綱吉は本当にバカ殿だったの?【犬派】_挿絵1

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2 thoughts on “【生類憐みの令】徳川綱吉は本当にバカ殿だったの?【犬派】

  1. りゅう(た)

    天災起こった代の将軍やらは結構散々な評価されてますよね

    1. 栁澤 蘭丸 投稿作成者

      りゅうたさん、こんにちは!
      たし蟹!
      将軍のせいではないと思いますが…それにしても綱吉氏の時代は色々起こってますね(^ω^)ははは~

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