謎の剣客「佐々木小次郎」について掘り下げる

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こんにちは、栁澤です!
佐々木小次郎とは、戦国生まれ戦国育ちな剣豪のお名前です。だいたい「武蔵」とセットです。(そういえばロケット団でもセットだったな…)

それも仕方のない話。佐々木小次郎と言えば宮本武蔵の剣術のライバルですから。巌流島の決闘で武蔵に2時間遅刻され、「どんだけ待たすわけ?あいつマジありえん!」と怒っていたところに平気な顔してやってきた武蔵に「小次郎破れたり!」と言われ完全に「はぁ!?遅刻してきてそれ!?」と、おこになって負けたと言われています。私なら30分待って来なかったら帰ります。そして足腰立たなくなるまで悪口言う。何が言いたいかというと小次郎は律義でいい人ってことです!

創作物では、武蔵が野性味溢れる剣豪として描かれることが多いためか、対する小次郎は爽やか美丈夫として描かれることが多いですね。ナチュラルボーンサイコパスな孫策に対して周瑜が文武両道美形とされているようなもんでしょうか?(こっちは史実(?)ですが)どっちもゴリラじゃ話にならないのでしょうか。ですが、ワイルド武蔵に対して佐々木小次郎が美形であったかどうかは謎です。それどころか、一般男性の平均身長が156センチ程度だったあの時代に、身長が175センチもある巨漢だったとかいう伝説すらある始末です。「美少年」で有名な沖田総司さんの肖像が超しもぶくれ顔なのをかんがみても、当時の美意識と今の美意識はぜんぜん違うので美丈夫と言っても美しいゴリラだったかもしれません、が、そんなことはまあ問題ではないのです。

蘭丸は小次郎さんが好きですが、それは何故かと申しますと「越前国の出身だったかもしれない」からなのです!
越前が関係あるものは何でもとりあえずは愛する郷土の回し者蘭丸です。(ちなみにエチゼンクラゲはエチゼンで見つかっただけで、エチゼン産ではありませんので愛してません。)
佐々木さんの資料は「二天記」という、宮本武蔵の伝記が主だったりします。これは、宮本さんが創設した剣術の流派「二天一流」の師範だった熊本藩の筆頭家老の豊田景英さん(超偉い)が書いたもので、小次郎さん自身の一代記は存在しないのです…悲しい。「二天記」が書かれた時代にはもう小次郎どころか武蔵も亡くなっていました。豊田さん自身は武蔵に会ったことがなくても、武蔵が生きていたころを知る豊田さんの父や祖父から武蔵のことを間接的に聞いては覚書にしていました。それを集めたのが「武公伝」という書物なんですが、武蔵は大人気剣豪だったので、色んな人が適当な話を広めるもんだから、誤った武蔵像が世間に出来上がりつつありました…。それを憂いた豊田さんは、武公伝をもとにして、二天一流一門向けに「二天記」を記したのでした!

そんなわけで「二天一流向け『宮本武蔵伝』」である二天記で何とか知ることができる佐々木さん。他に全然資料がありません。名前すら本当にその名前で合ってたのか怪しまれている次第です。巌流島の決闘当時は「岩流」と呼ばれていたらしいです。後世で「佐々木」という苗字が付け加えられ、(真田幸村みたいなもんですね。幸村も当時の名前は真田信繁。)設定も固まっていったという感じのようです。というのも、みなさん、宮本武蔵が主役の「二天記」をみんなが元にするもんですから。二天記は武蔵さんのための本なので、小次郎がどんなだったか真実はどうでもよかったんです。武蔵さえカッコよければそれで。小次郎に関する記述はその「巌流島の決闘」にしかないため、どこ出身のどなた様で、当時いくつだったかなどが全部不明。

実は小次郎の元になったと思われる人物が2人いまして、細川家の剣術指南をしていた、中条(富田)流から岩流を生み出した岩流小次郎さん(小次郎の師匠といわれる鐘捲自斎が越前朝倉氏の剣術指南をしていたことからこっちが越前出身と思われる)と、しっかり史料に名前が残っている佐々木巌流さんという剣士。このふたりがごちゃまぜになってしまったせいで、矛盾をなんとかするためにいろんな創作が付け加えられていって、こんにちの佐々木小次郎が出来上がったと思われます。

ちなみに、武蔵が自分で書いた「五輪書」という本もあります。なんか今見るとオリンピックっぽい雰囲気ですね。それには小次郎は「越前出身」と書かれています。

『二天記』には巖流島での決闘時の年齢は小次郎18歳であったとありますがこれは岩流を創始した年齢に書き換えたと言われていて、本当は鐘捲自斎(←小次郎の師匠)の年齢からしていって小次郎は60代だった、とかも言われてますね。そんなおじいちゃんが当時20代の武蔵にカッカするのもおかしな話です…。また、武蔵が遅刻したというのは全くの創作(吉川英治の小説から。宮本武蔵&佐々木小次郎が現代にその名前を知られるきっかけになった有名小説です。)なのです。立会人の記述によると、武蔵は遅刻していませぬ。で、その決闘、何だか「どっちが最強の剣士なのか勝負だ!」という感じで発生したように思われますが実は「どっちの弟子が優秀か」という、派閥争いから決闘に発展したものだと言われています。色々とイメージと違いますね。なんていうか人間味があるというか俗っぽいというかwいやいや、悪いことじゃありません。親しみがわくじゃないですか。

そんな謎の剣客佐々木小次郎は、本当の姿はどんなのか分かりませんが、越前の一乗滝で燕返しを会得した剣士は、きっといたのです。その人がのちの佐々木小次郎かどうかは知る術はありませんが、そうだったらいいなぁと、朝倉氏そっちのけで佐々木さん大好きの蘭丸でした。

おまけ1

朝倉氏は越前を3代続けて治めていた名門有力戦国大名なのですが、その御膝元の福井では何故か朝倉氏を滅ぼした織田信長方の柴田勝家のほうが人気があるのでした…。朝倉義景は優柔不断で有名です。よっ!戦国の袁本初!

おまけ2

アメリカのドラマ「HEROES」に「ケンセイ(←剣聖ではなくこういう苗字)・タケゾウ」というキャラがいるのですが、当時は「何じゃその名前w」と思っていましたが……こないだテレビ朝日の特別ドラマの宮本武蔵(再放送)にて、武蔵は元は「タケゾウ」と呼ばれていて、それを「ムサシ」と読むように改名したというエピソードがあり……つまりケンセイ・タケゾウって剣聖宮本武蔵本人なのかそれともモデルにしたキャラだったんですね。小次郎っぽい人が出てこないので気づかなかった…。それほど武蔵と小次郎といえばセットなんですかね…私が阿呆なだけでしょうか?(;・∀・)ちなみにタケゾウの正体は不老不死の能力が発現した「アダム・モンロー」という金髪碧眼のイギリス人。Oh…。

ではではでは!ではでは!

謎の剣客「佐々木小次郎」について掘り下げる_挿絵1
史料が残ってなさ過ぎて逆にラッキーイケメンな佐々木さん

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