「情けは人の為ならず」は、単なる「人に優しく」という意味の言葉じゃない

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こんにちは、栁澤蘭丸です。

「情けは人の為ならず」は、微妙~な解釈間違いをされ続けている言葉です。

まず一番簡単なところからいうと、「情けをかけるのは、その人のためにならない。厳しくする方が良い」という意味にとられることがある場合。さすがにこれは「間違いのお手本」という感じなので、本気でそう思っている人はもはや少ないかもしれませんが…。「獅子は千尋の谷に我が子を落とす」とか「かわいい子には旅をさせろ」的な、「その人のことを思うのなら優しくしているだけではだめ」的な言葉も世の中には伝わっているため、一理あると言えばあるのかもしれない…と思ってしまうのかも。

じゃあ本当の意味は?というと…もっとファンタジック。「人に優しくすると、それが回り回って自分に返ってくるので、人に優しくしましょう」と言われていますよね。しかし「人には厳しくした方が良い(こともある)」に比べると、随分「何故人に優しくするべきか」という部分がふんわりになってしまった感。今やこの「回り回っていつか」みたいなことを素直に信じている人はいないのではという感じです。実際にも、「恩を仇で返された」ようなことも起こりますし。不確かすぎて、本気で「人に優しくしなさい」と教えたい時にはこのことわざではとても納得させられる気がしません。「善行を積んだら極楽に行ける」とかいう時代でもないし。

しかし生物の本能的行動としてこの「情けは人の為ならず」が行われる場合があります。本能なので「徳が」とか「善行が」とかそういう現代人が「えぇー?」と思うような要素はありません!ガチで「自分のために相手を助ける」という行動を取っているのです。「互恵的利他主義」といいます。平たく言うと「お互いに利益になるので、他を助ける主義」という意味になりますね。

どんな場合かというと、例えば「ニモ」で有名になったクマノミ(魚)がイソギンチャクに守ってもらっているような場面。クマノミはイソギンチャクの毒に生まれながらに免疫があるわけではなく、徐々に慣れていくものなのでイソギンチャクにとってはクマノミは食べようと思えば食べられるモノですが、食べません。クマノミを他の魚から守ってあげると、クマノミはイソギンチャクを食べようとする特殊な魚を追い払ってくれるし、食べ物のおこぼれをくれることもあるそうなんです!こうなると「回り回って」なんて言わず、直渡しで恩恵をやり取りしていることになりますが、実際にこんな風にやりとりしている動物がいるとなれば、人間が「情けはその人のためにかけるだけじゃない、自分のためになること」としているのにももう少し合理的な理由があるハズです。。「いつか、良いことがある」という何となくの理由ではもう人間は動けないよ!(個人的な感想です)

「回り回って」とわざわざ言っているということは、その場ですぐ恩恵が現れるわけではないですよね。となると、人を助けたら、だんだん何かが変わるはず。それは「運気」とか「徳」とかいう怪しげな物ではないはずです。動物が運気やら徳を気にして他の生物を助けるわけないし、それは人間も同じはずだから。だけども、はっきり言ってしまうとなんかヤラシイ言葉になってしまうので(『何か見返りがあるはずだから助けよう』、とか…)濁してると考えられますよね…(´・ω・`)
だんだん変わるものとは、それは「他人からの自分の評価、印象」がまず一番に挙げられるのではないでしょうか。一見損得を無視して人を助けている人を見て、人は「立派な人だなぁ」と思います。「ああいう人にならついていきたいなぁ」とか。「あの人なら私が困っていても助けてくれるのかも」という気持ちも湧くでしょう。そうすると「人望」というものが手に入りますよね。現代社会で生きていくのにも「人望」は結構大切なものです。人望がないと、凄いアイディアを実行に移したいと思っても、賛同してくれる人がいなかったり、上手く人が動いてくれなかったりするでしょうし。結果的に人に情けをかけ続けて人望を得た時には、確かに、自分のためになっているのかも。

現代の人に「みんなに優しくしなさい」と説きたい場合は、「回り回って」なんていう言い方は通用しない。(←個人の感想です)
もし言うならばこう!「人に情けをかけることは、自分の印象を上げる行為だ」とでも言わないと!!
「情けは仇」という言葉もあるし、受けた恩なんてサッパリ忘れる人もいることはみんな知っているため、「情けは人の為ならず」の意味には「回り回っていつか自分のためになる」という言葉が使われるんでしょうけれども、それじゃあ動機としては弱くなってしまいそうです。「いつか」ではなくて、着実に自分のためになっていると思えば、もっと人に情けをかけられるのではないでしょうか…。ムカつくやつを助ける意味だって、あるし、恩返しをしてこないやつを助ける意味も、あるのです。

あのことわざには、「情けをかける」ことを推奨することで世の中全体がうまく回るように仕向けている感もありますが、とにかく「徳」とか軽視される世の中でもやっぱり「情けは人の為ならず」であり、意味は「人に情けをかけることによって、自分の印象はよくなっていき、最終的には自分のためになる」ということにしたらいいんじゃないかなとおもう私でした。

ではではでは!

「情けは人の為ならず」は、単なる「人に優しく」という意味の言葉じゃない_挿絵1
情けは虫のため……だけど、蘭丸の満足のためともいえるのでやっぱり虫のためならずなのかもしれない…。

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