自分に向けられた凡言は、万人に向けられた名言に勝る

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皆さんこんにちは。
キングオブ凡人の伊達あずさです。

最近、普段読まないような本も敢えて読んでみようと、これまであまり読んでこなかった自己啓発系の本を読んでみました。
自己啓発と言っても、過去の偉人達が残した名言などから現代を生きるヒントを得よう的な感じの本です。

偉人と呼ばれるだけあって、皆実績を残された方々ばかりですから、そういった人達の言葉というのはやはり重みが違います。
しかも、後世まで語り継がれる名言というだけあって、道理が通った綺麗な言葉ばかりです。

そんな名言を1つ1つ見ている間は、凡人の私でもなるほどと納得できるのですが、沢山の名言を眺めていくにつれ、何だか心に陰りが出てくるのです。
心が陰る原因は2つあります。

1つは、全ての名言があまりにも綺麗すぎることです。
言っていることは理解できますし、確かにその通りだと思うのです。しかし、それをいざ実行しようとしても、とても凡人たる自分には不可能なことのように思えてしまうのです。
リスクと戦いやっとの想いで経営者になったのに、リスクを避け安定を選んだ自分の部下と同じ給料、いや、場合によってはそれ以下の生活でも我慢するのが経営者の鑑だと言われて、それを実践し続けられますか?
酷い苦難の真っ最中であっても、「苦しみを知ったことで、以前より他人の気持ちが分かるはず、苦難サンキュー」なんて本心で言えますか?
どんなに理不尽な酷いことをしてくる相手にも、自分が酷いことをされるのは、何か自分に問題があるからだ、そんな相手でも自分から好きになろうとか本気で考えられますか?
1度や2度程度、我慢して形だけ実践することはできるかもしれませんが、心からの行為でないと意味が無いなどと言われてしまうと、とても自信がありません。
そんな人間味がない人間にならなければ成功できないのなら、とても成功することなんてできそうにありません!

2つ目は、全ての名言を並べてみると矛盾を感じてしまうことです。
例えば、方や己の欲望を捨てて相手の立場にたって清く正しい心で無心になろうといい、方や貪欲に己を高めるために邁進しろという。
方や人の個性を尊重して上手く扱うのが良しと言い、方やチームの士気を下げるネガティブな人間は解雇しろという。
指示待ちしているだけでは雑兵と同じ(だからそうならないようにしろ)だと言っておきながら、全ての仕事は役割の違いでしかなく、優劣はないという。
何か偉人間でも結構意見が対立してるんですよね。
一度そんな矛盾に気が付いてしまうと、良さげに感じていた名言も、聞こえの良いただの綺麗ごとのように思えてしまいます。

これらの結果、「そうだよねその通りだよ、でもただの理想論!現実にそんなことを実践するのは無理~(少なくても自分には)」と、折角の名言も活かそうという気持ちになれなくなってしまうのです。
でも、だからといって、偉人達が間違ったことや適当にかっこつけたことを言っていたわけではないと思うんですよ?
こうなってしまうのは多分、偉人達の名言が自分の状況に合ったものではないからなのです。

正しい判断というのは、不変のものではありません。
自分が置かれた時代や状況によって、判断の中身も変わってくることでしょう。
同じように並べてみると、矛盾しているように見えることでも、適切に使い分ければどちらも正しい判断になりうるわけです。

しかし、私達が現在見ている偉人達の名言は生きた言葉ではありません。
偉人達が言ったその状況、そして言った相手によっては正しくとも、それが必ずしも常に、あるいは、万人に正しい言葉とは限らないのです。

偶には偉人達の名言集から、自分に当てはまりそうな名言を探してみるのも決して悪いことではありません。
ですが、偉人達が自分に向けて言っていない名言より、例え稚拙な言葉であろうとも、自分にとって身近な人(両親や友人など)が自身の言葉で自分に向けて言ってくれた言葉の方が遥かに自分を動かしてくれているのかもしれませんね。

自分に向けられた凡言は、万人に向けられた名言に勝る_挿絵1

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