言葉が狩られそうな瞬間を見た

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こんにちは、栁澤蘭丸です。
ちょっと重たい話題かもしれないですがすみません。

言葉狩り…というものが取り沙汰されるようになって久しいですが。
こないだ、言葉狩りが生まれる(?)瞬間を見たような。

ある結構有名なブログ内で、ブロガーの人が「卒業できなかったことを中退というのは嫌だ。中退も、違う目的のために辞めただけなんだから『卒業』でいいじゃないか」と言っているのを見ました。何から卒業なのかは伏せますが、目標があって始めたことを達成すると「卒業」といい、その目標を達成できなかった・しなかった場合は「中退」という言葉が既に浸透している分野でのことでした。
「中退」呼び(?)に反対していたのは本当は諦めたくなかったけど諦めざるを得なくなり、辞めたという立場の人でした。
まぁー気持ちはわかります。ネガティブなイメージがついていますし、どうせ始めたなら全員「卒業」がいいに決まっているのですからねぇ。

でも…その言葉の意味が通じなくなってしまったら、言葉の意味がないのになぁと私は思ってしまいました。

例えば資格試験だったら、何回も受験しているだけで「ベテラン」という異名を付けられてしまい、それは完全にネガティブな意味でした。「ベテランの言う事は聞いても仕方ない」みたいな。そりゃそうですよね。ベテランは合格できていないから何度も試験を受けている試験のベテランで、そうはなりたくないと誰だって思いますし。
だけど「ベテラン」の人が「ベテランは、長年勉強している人なので、卒業した人同様に知識が豊富だ。だから卒業と同じだ」と言い出しても困るわけで。実際、そう言いたくなるのは分からなくもないのです。ベテランの人は知識は人よりめちゃくちゃある場合が多いです…しかし試験が苦手な人というのも必ずいまして。合格率が10%切る試験は、合格者をあまり多くしたくないという思惑があるようで、分野的には合ってるんだけどどの教科書にも載ってないよそんなもの!というような問題を出してきたりします。勉強が出来て知識があるだけではどうにもならない部分が確かにあるのも事実でした…運というやつか。
ですがそんなこと、今から勉強を始める人には関係ないことです。資格の学校を選んでいる人にとっては、一年で卒業出来ている人が多い学校がいい、つまりは「ベテラン」がいない学校のほうがいいに決まっているから、初めて試験を受ける人と、何度も試験を受ける人は「区別」したい。「卒業したのと同じ」と言われるのも困るし「何度試験を受けても心は一年目」と言われるのも困る。「複数回受験してる人」という意味の言葉は必要です。本人は言われたくなかろうと。
それに、運が関わっている試験だろうと、ベテランが少ない学校は、そういう全く分からない問題にも対応する力を身に着けられる学校とも言えるのかもしれないし。ベテランがいるかいないかは入学する人には大切なポイント。ベテランの人はベテランと言われたくなくてもそれはしょうがない。

例えば「禁煙失敗したけど、禁煙に関する知識は誰より持っているので禁煙失敗と言わないでほしい。禁煙者と言えばいいじゃないか」
例えば「ガンが再発したけど、根治に向けて頑張っていたので『再発した』って言わないでほしい、根治した人と同じでいいじゃないか」
同情できるか出来ないかも、おおごとさも、全然違うけど、「申し訳ないけど一緒にすることはできないよぅ…」となる場合はたくさんあります。仕方ないよねぇ。

「あの人、中退しちゃったんだ」など言われるのは心が痛む、という気持ちはわかりますが、「中退」という言葉は必要な言葉なので、「中退」はなくして「卒業」って言って!と、そんなこと言われるとなぁと思ってしまうんですよねぇ。
本当に、「別の目標を見つけたから中退した」のなら堂々と言えばいいし。堂々と説明する人にネガティブなイメージを持つことは無いし。もしネガティブなイメージを持っているとしたらその本人の問題…その人が中退をそもそもバカにしているってことになるのでは。
騎手になりたかったから、高校を中退した!!と言われても、そりゃそうしないと騎手にはなれないよな!と納得です。(騎手になるには20歳までに競馬学校に入学しないといけませんが、ほとんどの騎手は中学卒業してすぐ入学。高校を卒業してから競馬学校に入って騎手なれる人はほぼいないと言われている…何でだか不明ですが)
でも「騎手になりたかったから中退したんだけどそれは騎手になるためなので、中退って言わないで!卒業したのと同じだから、卒業でいいじゃないか」と言われたら、いや、それは卒業とは違うよ、と思っちゃいます。

言葉狩りは大体は合理的な理由はなくて「なんかネガティブなイメージだから」「言われると不快だから」とかそんな、感情の問題で起こっていると思いますが、必要な言葉は残さないと困るんだよなぁ、と思った私でした。
まぁ意味さえ通じるなら漢字表記が嫌だからひらがなにする、などは別に気にしませんけど。同じようなもんだから…という理屈は、「同じようなもんでは決してないよ!!」と思う立場の人がいる限りは、ネガティブであろうがポジティブであろうが、残さないといけない。「途中卒業」でも何でもいいから分かるようにしないといけない。
まぁ、「中退」という言葉が嫌な人は、その「途中」という部分が嫌だって今度は思っちゃうんでしょうけどね汗

ちなみに本当の高等学校や大学の「中退」のことではありませんので…!あくまで学校の中退や卒業に例えて広まっている言葉だそうです。

あー。気を使うし面倒くせぇ、と思ってしまう一方、
世の中にはいろんな価値基準やら判断基準があるので自分がどうでもいいと思っていても死ぬほど嫌って思ってる人もいるんだなあって一応知ることも、大切なのかもしれない。
でも気にしてる人はそういう風に「気遣われる」のも嫌って言ったり、いざ気遣わず普通にしゃべっちゃうと「ずけずけと!!」と怒ったりするのも事実だったりもするし超むずいですね。

自分としては、自分にとってネガティブな言葉でも、世間に意味が通じない変な言葉を生み出すのはどうもなー、と思います。必要な言葉を無くすのもどうかと。差別用語ならともかく。
その話題を聞きたくないのなら、その業界・分野からは撤退したんだから、もう近寄らなければそれでいいだけなんだけどなぁとも思います。んー。未練があるのは分からなくもないけど。実際そのブロガーの人は、「中退」したことをうりにして、コラムを連載していたり、本まで出しているので(「自分が禁煙(仮)を辞めた理由」…みたいな本)、その分野から撤退することは、金銭面でも無理なんでしょうけど…「卒業」を本気で目指す後進を混乱させるのはどうかなっていう感じですかねぇ。影響力がある人ならなおさら区別はしっかりすべきだなー。

栁澤蘭丸でしたー。ではではではー。
言葉が狩られそうな瞬間を見た_挿絵1

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