ボランティア不足ってどういう意味?災害時の復旧責任は何処にあるのか

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皆さんこんにちは!
若干挑発的なタイトルを付けてしまったことにビビる伊達あずさです。

とある朝、テレビのニュースを観ていてとても疑問に思ったことがあったのです。
そのニュースの内容というのは「台風による被災地が深刻なボランティア不足に悩んでいる」というものでした。
しかしながら、私はこのような形の報道に物凄い違和感を覚えてしまうのですよね。

そもそもボランティアとはどういう意味なのでしょうか。

ボランティア

志願者。篤志家。奉仕者。
自ら進んで社会事業などに参加する人。
広辞苑より引用

ざっくり言うと、自主的に社会奉仕するという意味のようです。(言葉そのものに無償性は含まれていないのですね)
つまり、自主的に作業を手伝ってくれる人が居ない(足りない)から復旧が滞っていますって言ってるってことですよね?
でも、なんかそれっておかしくないですか?
だって、被災した人にとって復旧作業というのは何より優先して行われるべきことのはずです。
その復旧作業が他人の自主性に強く依存した計画で果たして良いのでしょうか?
むしろ、そんな不確定なものに頼りに計画を立ててしまっては、計画通りに進まないのは当然です。

そもそも、復旧が思うように進まないのは何故なのでしょうか。
直接的な原因を言えば「復旧を仕事とする人が足りない」からです。
では、何故復旧を仕事とする人が足りないのかというと、それは、「復旧を仕事として依頼する所」の問題ということになります。
「復旧を仕事として依頼する所」というのは要するに、国や地方公共団体ということになりますね。
だとすると、ボランティアの不足が問題なのではなく、国や地方公共団体が復旧作業の優先順位を下げていることこそ問題なのではないのでしょうか。

そもそも、国というのは有事の際に国民を守る義務があるのではないのですか?
私達はその見返りとして税金を支払っているのではないのですか?
日常における国の存在意義を示すために、人々の生活を便利にしたり、暮らしを豊かにするのも大切かもしれません。
しかし、個人では対処不能な有事への対処こそが国の本分なのではないのでしょうか。
そう考える私には、「ボランティア不足が問題」と報道されることが、まるで被災地の復旧進捗の責任がボランティアに参加しない国民にあると言われているよう感じ、その表現のあり方に疑問を抱いてしまうわけです。

別に、ボランティアを募る事自体には何の問題もないと思います。
しかし、問題の本質をはっきりさせた上で協力を募るべきだと私は思うのです。
そうでなければボランティアに参加した方も報われないような気がしてならないのです。

もし、本当に私が思うような報道がなされた場合、どうなっちゃうんでしょうね。
例えば・・・

「台風によって被災した○○町は、国や地方公共団体から十分な復旧支援を受けられないため、深刻なレベルで復旧作業が進んでおりません。そこで、○○町では復旧作業ボランティアを募集しています」

と言うことになるのでしょうか。
単に「ボランティア不足」と言われるよりはボランティア活動に行こうかな~という気になりませんか?
もしかすると、人によっては、国の対応自体を変えようと働きかけるかもしれません。

それに、これぐらい踏み込んだ表現をするとなれば、復旧状況の深刻さ関する基準について、報道する側も少しは慎重になるでしょうから、「何でもかんでも深刻な状態」と言う無責任な報道も減るかもしれません。

テレビ局というのは放送免許という特権が故に社会的責任も非常に大きいわけですから、報道における表現方法について今一度良く考えて欲しいものです。

ボランティア不足ってどういう意味?災害時の復旧責任は何処にあるのか_挿絵1

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伊達あずさ
Studio POPPOのプログラム兼システム担当です。 ウォーキング・デッド大好き!ダリルかっこいいよっ!主食はキノコです。

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